「チベット死者の書」~バルド・トドゥル

「チベット死者の書」が生まれた歴史と背景~サイドストーリー

「なぜチベット死者の書」が世界に拡がったのか?

「チベット死者の書」という有名な本があります。
これは「バルド・トドゥル」というチベットに古くから伝わる経典のことです。
 
バルド・トドゥルは「バルド(中間)を理解して自然に解脱する」という意味で、
チベット人にとって大切な経典の一つです。
 
しかしチベット人からすると、数多くある経典のうちの一つに過ぎないので、
現地では、「他にもありがたい経典はたくさんある」「なんでそればかりなのか」と言うのです。
ではなぜ「バルド・トドゥル」が世界に拡がったのでしょうか。
 
チベットの一経典であったバルド・トドゥルが世界に紹介されたのは
1927年にエヴァンス・ヴェンツという人がダージリンという街のチベタン・バザールで見つけ、
それを「チベット死者の書」というタイトルで出版し、西洋社会に知らしめたからです。
 
心理学者のカール・G・ユングがこの本をとても気に入ったことも世界に広がる大きな一因だったようです。
また西洋が「チベット死者の書」を受け入れやすかった理由として、エヴァンス・ヴェンツによる翻訳が、
神智学や、すでに西洋で知られていたインドのヴェーダーンダ哲学の知識を反映していたからだということもあるようです。

チベット死者の書 誕生の経緯

 その「チベット死者の書」の内容ですが、そこには死と死後のプロセスが詳細に書かれています。
その概念はおもに四つの古くからある智慧が基となっています。
 
・チベット医学の体についての精緻な知識
・シャーマニズムの伝統で「死の科学」とでもいうような心と意識についての古代からの精緻な知恵
・ニンマ派(最古の宗派)のゾクチェンという瞑想法
・インドの密教の智慧
 
これらが少しずつ時代を経て統合されてバルド・トドゥルとして完成されていきました。
 
しかし、そもそもなぜチベットには、このような知識や体系が生まれたのでしょうか?
ぼくはインドのチベット亡命政府があるダラムサラという所にいたことがあるのですが、
そこでダライラマが語った講話の中に、そのヒントとなる話がありました。
 
「チベット人は祈ることばかりをしていて現実的ではないといわれるがそうではない。
チベット人はとてもリアリストだ。だから死や死後のことについても
現実的な視点を持って解明しようとしているのです」
 
ぼくは自分の実体験から、ダライラマのいうチベット人の民族性や文化というものは、
チベットのきびしい気候風土から生まれたのではないかと思っています。
 

ラダックでぼくが感じたこと

1978年、ぼくは北インドのラダックというところに1ヶ月半ほど滞在していました。
ラダックは西チベットともいわれ、1915年から1974年の60年間、外国人、部外者は立ち入り禁止で閉鎖されていて、
ぼくが行ったのは閉鎖が解除されてから3年目のことでした。
当時は、カシミール地方のシュリーナガルというところまで行き、そこからバスとトラックを乗り継いで丸2日かかっていました。
ラダックで一番大きなレーという街でも、宿泊施設は整備されておらず、また旅行者も少なかったので、
旅行者はチベット人の家に泊めてもらうのが常でした。
 
このラダックには文化大革命で破壊された中華人民共和国のチベット自治区よりも
古い文化が良く残っていると言われていて、特にタンカ、マンダラ美術の数はチベット本国以上と言われています。
 
そんな文化の残るところですが、街や村から一歩でると荒涼とした光景がどこまでも続く不毛の大地です。
6月から9月以外は雪や氷のため陸路が閉鎖されてます。
 
外を歩いていると、陽射しが強く乾燥してるので、皮膚がすぐ粉のようにパサパサになってしまいます。
空気の透明度が違うのでしょう。隣の村の家々がすぐそこに見えるのですが、実際は15キロも先だったりします。
ここにしばらくいると、この土地はつねに死と隣り合わせで、死を見つめざるをえない環境なのだなと感じました。
 
こんな厳しい風土の中で文化が時間をかけて醸成され、さまざまな教えが生まれ、
このような環境と歴史のなかで「チベット死者の書」は完成されていったと思います。
 

死のワーク~バルドトドゥル

アウェアネスアート®研究所では【死のワーク~バルドトドゥル編】というワークショップを
開催しています。
 
ただ他でも書きましたが、アウェアネスアート®研究所は宗教的な概念に触れることはありますが、
特定の宗教的な考えを提供することはありません。ここでは「バルドトドゥル」を、
生と死について深めるためのひとつのテキストとして使っています。
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単なる知的満足を超えた体験をご一緒に共有できる場を提供しています。

 

アウェアネスアート®研究所 主宰  新海正彦
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