中沢新一×鏡リュウジ対談

天使の心と悪魔の心~絶対的な悪は存在するか

中沢新一さんの考える「絶対的な悪」

この文章は、日本トランスパーソナル学会の学会誌、Newsletterに掲載されたもので、【中沢新一、鏡リュウジ対談講演会~天使の心、悪魔の心】
というタイトルで開催された講演についてのぼくの感想です。
紙面の都合で講演の一部にクローズアップしており、また抽象度の高い内容となっていますが、けっこう面白いです。

 

 

●ケルビム(智天使)と量子

 

対談の中で一番印象に残ったのは中沢新一さんの「絶対的な悪って存在すると思いますか?」との問いかけでした。

そこで、ここではその「絶対的な悪」の話についてまとめてみました。

 

中沢さんはまず、「ルネッサンス以前のヨーロッパでは天使的なものと悪魔的なものは一体だと理解されていた」という「天使の心、悪魔の心」の話から始め、こう続けられました。

 

聖書の中には大天使と小さい天使が出てくるが、それぞれ起源が異なる。大天使はバビロニアの方のダイーモンあたりが起源で、巨大な鬼のような存在。自然災害などもダイーモンと考えられる。

 

もう一方の小さい天使は、神が世界を創造する以前からこの宇宙にあった存在とされ、ケルビム(智天使)と呼ばれている。ケルビムは羽根だけで描かれる存在で、非常に数が多く、常に笑いながらお互いに超高速コミュニケーションをとっているとされる。

 

実はこのケルビム、「量子レベルでは物質同士のコミュニケーションが高速度で行われている」という量子理論の論理構造とかなり近い。この類似性についてはユングとW.パウリの往復書簡の中にも書かれている。

 

パウリはハイデンベルグとともに量子理論をつくった物理学者で、量子論の本質とユングの探求を結びつけて考えていた。そして二人の物理学者はそれをいかに数学的に表現するかに取り組み、量子理論という知恵の飛躍を成しとげたのであった。

 

ところでパウリによると、「この宇宙は陽子と電子の比率がちょっと違っただけでも原子がバラバラになって構成できず、宇宙も存在できない、そこには時間も空間も発生しない」という。

 

そもそもこの宇宙には「ある」という力をあらしめる何かがある。これをプラトンやアリストテレスなどの哲学では「善」といった。そこでこの世界は「All Good」つまり「すべて善し」の世界となる。宇宙の物質もすべて善の力によって動いている。だから秩序がある。これはチベットの仏教でも宇宙根源の力といわれている。

 

 

絶対的な悪

だが他方に、その「ある」をなくしてしまう力がある。存在している状態を根底的に破壊してしまう力だ。

 

この話は先ほどの「陽子と電子の比率が違うと・・・」の話と通じるものがある。そしてそのような力を自分は「絶対的な悪」だと考えている。

 

しかし宇宙の中で唯一人間だけが、絶対的な悪を自分の中に持っていると思う。これは人間だけがニューロン結合のなかから発生するある空間をつくり、その空間のなかでいろいろ想像したりするような自由な領域をつくってしまったからだと思う。

宇宙根源にある絶対的な悪と何らかのコレスポンダンスがある。このことを人間は自覚しなくてはいけない。

 

ここまでが中沢さんのお話です。

 

ここで彼がいうコレスポンダンスというのは、錬金術や占星術などでいうところのマクロコスモスとミクロコスモスとの相似と影響関係のことだと思います。

中沢新一さんの目指す抽象性

 

今回の「天使の心、悪魔の心」はかなり抽象度の高い話という印象でした。

この宇宙のなかにありながら宇宙を存在させない力というくだりは、中沢さんの著書にあるような、表と裏が捻じ曲がって存在しているトポロジー的な視点があるように思えます。

 

今回ここで中沢さんが語ったことはすぐに役に立つとか立たないとかではなく、大きな視野でみて、人間と宇宙の根源的にある統一した理論モデルを構築しようという試みではないかとぼくは感じました。

 

こんな抽象度の高い話についぼくが惹かれてしまうのは、ずいぶん前ですがヨーロッパの秘教的コミュニティーに参加していた際、今回の「根源的な悪」とほぼ同じ話を聞いたことがあったからです。

 

グノーシス主義からの影響の濃いサークルでしたが、そこでは時間論と存在論についての複雑な話があり、怪しいところだと感じつつも興味深いことをやっていたので何度も渡欧していたのでした。

 

またこれとは別に、とあるシャーマンの儀式のとき、古代からインドラ・ネットと呼ばれている宇宙の網目を見た体験をしたことも、こうしたことに興味をもつに至った理由です。

 

今回は以上の内容しか書きませんでしたが、お二人の講演会は興味深い内容が満載でした。鏡さんの話ではユングの赤の書の出版がいかに大きな出来事であったか、占星術の3と4の象徴の話などがおもしろく、また鏡さんの解説による中沢さんのトポロジー的な一神教、多神教、アニミズムの説明なども興味深いものでした。

 

アウェアネスアート®研究所 主宰  新海正彦